「みんな元気になる絵本」(254回)でカミさんが紹介した絵本『花ばぁば』(クォン・ユンドク絵文 桑畑優香訳 ころから)の制作過程を追ったドキュメントDVD『わたしの描きたいこと』を観ました。観ているうちに段々緊張してきて、いつの間にか正座して観ていました。背筋の伸びる思いでした。
韓国の絵本作家クォン・ユンドクさんが、日本軍「慰安婦」をテーマに創作した絵本『花ばぁば』。日本の絵本作家さんたちから中国、韓国の作家さんに呼びかけてスタートした「日中韓平和絵本プロジェクト」の参加作品として制作されました。参加されたのは、2007年です。しかし、3か国同時刊行が約束されていたにもかかわらず、右翼からの攻撃を恐れた出版社や関係者の判断で、日本での刊行が無期限延期されることになりました。戦争における国家的性暴力というストレートなテーマの前に立ちはだかる、「日本」という複雑な問題に、苦悩する作家の創作過程を追ったドキュメンタリーです。
プロジェクトでは当初、絵本作家クォン・ユンドクさんの日本軍「慰安婦」をテーマにした作品を創りたいという思いを、日本の作家さんたちも歓迎します。しかし、制作を進めていくうちに日本側から、日本の子どもたちは戦争の残虐性や侵略性を知らないで育っているという「歴史認識の問題」、慰安婦というテーマが理解できないだろうという「性的な問題」、「右翼からの攻撃」を理由に、度重なる注文がつき、クォン・ユンドクさんはその都度苦悩し、結果的に12冊ものダミーを創ります。
ある時は、日本側の出版社D社の編集長は、作品本体を「ひどい体験をした女性が新しく生き方を見つけていくことに共感する」というの筋立てに変更することを要求します。これに対して韓国側の出版社の編集長からは、この絵本のテーマは、「ある女性が性的虐待をうけて、それを克服して生きていく人生の物語ではない」「作家が描いていることに口出しするようなことは正しくない」「出せないなら、出版しなければいい」と強い言葉が出てきます。
DVDを観ていると、出版社のご都合主義や右翼への弱腰を感じます。しかし、出版に漕ぎ着けたい、著者との信頼関係を守りたいと苦悶する出版社D社の姿も見て取れます。
DVDは、幾度かの出版延期の挙句、2012年日本側の出版社D社から再度の延期(出版断念?)のメールが送られてきたところで終わります。
出版延期された絵本をどうしてウチのカミさんが「みんな元気になる絵本」で紹介できたかというと、2018年に東京・赤羽にある出版社「ころから」さんが日本での出版、日本語版を刊行したからです。2018年4月29日初版発行。クォン・ユンドクさんが創作を開始してから12年の歳月を要しました。
「ころから」の木瀬さんは、「歴史認識の問題」、「性的な問題」、「右翼からの攻撃」など、出版社D社が克服できなかった重い問題に、どの様に対処されたのでしょう。「ころから」さんの入居ビルが右翼の街宣カーに取り囲まれたとか、インターネット上で炎上してホームページにアクセスできなくなっているとか、私が田舎にいるから知らないだけなのかもしれませんが、聞きません。伝え聞くのは、クラウド・ファンディングの資金支援のお金が集まったこと、木瀬さんが絵本製作の経験がなく、絵本は一般書に比べページ数が少ないと原価計算をあまく見積もって(墨版1回刷のところ絵本は少なくとも4色刷るので4倍以上経費が掛かる)大幅な資金不足を招いてしまったことなどです。
実はウチのカミさんの原稿も、毎日新聞社から形容詞1品詞の変更要請がありました。原稿の変更要請は、後にも先にもこの時だけです。地元紙に書評を書いたことのある店のお客様たちの話では、勝手にバンバン書き換えられるとぼやいておられますが、さすがにその様なことはありません。1品詞の変更で載せてもらえたので、さすがに毎日新聞だと感謝しています。が、この回だけ、毎日新聞のWEBページに掲載されませんでした。毎日新聞は、『花ばぁば』の刊行を知らせる記事は載せています。ウチのホームページには、毎回掲載された毎日新聞WEBページへのリンクを貼っているのですが、今回はそれがないので、「ころから」さんのWEBページ『花ばぁば』の刊行が毎日新聞で紹介されました、『花ばぁば』の刊行が毎日新聞で紹介されましたにリンクを貼りました。
「日中韓平和絵本プロジェクト」は、現在「日・中・韓平和絵本(全10巻)」としてD社から刊行されています。絵本『花ばぁば』が予定通り刊行されていたら、全11巻となっていたのでしょう。「日・中・韓平和絵本(全10巻)」の中には、DVDで登場される、浜田桂子さんや田島征三さん、田畑精一さんの作品が入っています。イ・オクベ さんの作品もも入っています。
クォン・ユンドクさんが、日中韓の作家や関係者が集まって出版すると約束したのに、日本の出版社を「信頼」できなくなると嘆く場面がありました。
数か月前に、カミさんのFB友だちの長谷川集平さんが、新作絵本『ぼくはラララ』の出版計画打切りのメールを受け取り、悔しく思っておられる投稿を読みました。この件もD社です。出版直前段階まで進行したダミーが送られていた、それに対しての返答です。「ファンは買うだろうけれどそれ以上は売れないだろう」という理由だそうです。これを読んで驚いたFB友達の中の一人が、出版社を変えてみたらどうかと提案し、「ひだまり舎」(カミさんの友だち、中村さんが主宰する元気な出版社。今年の4月に田島征三さんの絵本『ちきゅうがわれた!』を出版されています)を紹介しています。これに応えて長谷川さんは、「出版は信頼関係の上に成り立っていると思います。ぼくはまだHさん(編集者)を信頼しているので」と答えています。出版は「信頼関係」という言葉で思い出しました。
1982年私が27歳で絵本屋をやり始めたばかりの頃のことです。石川県の山中温泉で、赤羽末吉さんや渡辺茂男さん、松野 正子さん他(忘れてしまったのですが)総勢10名ほどの錚々たる面々が集まって絵本のセミナーが開かれました。私はその裏方のお手伝いに行っていたのですが、その裏方の控室でD社の営業の方とお会いしました。早速名刺を取り出して、ご挨拶をしたのですが、何故かせせら笑いをされたようで何か変なのです。現文科大臣がおっしゃるように、何事も「身の丈に合った」身の振りが必要だったのでしょう。裏方の仕事が一段落して控室に戻ると誰も居ません。床に私の名刺が捨てられていました。私は黙ってそれを拾いました。